鰯の頭も信心から/いわしのあたまもしんじんから

鰯の頭も信心からの意味

鰯の頭も信心からとは、鰯の頭のようなつまらないものでも、信仰すれば非常に尊いものに見えることから、信仰心の不思議さをたとえたことわざ。主に、新興宗教などに対し、皮肉の意味で使われることが多い。「鰯の頭」は「いわしのかしら」とも読む。

鰯の頭も信心からの語源・由来

このことわざは、節分の風習に由来する。
近世以降、節分に鰯の頭を柊(ヒイラギ)の小枝に刺して、戸口に挿す風習が行われるようになった。
これは、鬼の嫌いな柊のトゲと鰯の臭気で、鬼を退散させようとしたものである。
ここから、鰯はつまらない信仰の代表となった。
さらに値打ちのない頭でつまらない意味を強調したのが、「鰯の頭も信心から」である。
なお、鰯の頭と柊を戸口に挿す風習は、しめ縄にナヨシの頭と柊を飾っていた平安時代の風習に由来する。

鰯の頭も信心からの類語・言い換え

鰯の頭も信仰から/鰯の頭にも理屈がつく/鰯の頭も仏になる/鰯の頭も観音様に見える/煮干しの頭も神信心/白紙も信心から/白紙も信心次第/白紙も尊みがら/竹箒も五百羅漢/信心次第で雪隠帚も五百羅漢/鼻糞も尊みがら/仏に刻めば木も験あり、神に祭れば石も祟る

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